柳原稲荷神社

この神社は葛飾郡柳原村の
鎮守として慶長11年(1606)創建とされる古社である。
なお葛西誌には慶長4年の創建とあるそうである。
柳原寺という理性院と両輪をなし柳原村の崇敬を集めていた。
天明6年水災に遭い寛政6年に再建されたという。
民家とまがうような入母屋造りの拝殿は
他の鎮守と違う独特の風情を出している。
右の写真は拝殿を横から見たものである。
他の神社と違って拝殿がほとんど平面にあるのもいい。
左手が正面となる。
右側の鳥居は冨士塚の鳥居である。
この写真の後ろ側には町会事務所も兼ねた参集殿がある。
写真には本年(平成21年)の世相を現す
東京オリンピック招致の幟や
即位20周年奉祝の幟が見られた。


本殿の隣には冨士塚が築かれその周辺は
樹木が繁っている鎮守の森を形成している。
この冨士塚は昭和8年(1933)に建設されたもので
正面鳥居をくぐると直線的な石段が山頂へ通じている。
周回的登山道をかたどった千住神社や大川町氷川神社と
対比するとまた独特のものを感じる。
写真は鳥居の内側から山頂を望んだもので
右側に足立区有形文化財の石碑が建てられている。
ここも関係者以外立ち入り禁止で
立ち寄って登って参拝したいというわけには行かないので念のため。


本殿右側に高木神社が祀られている
扁額に第六天社と書かれているように
江戸時代には第六天社だったのを明治になって
社名を変更させられたのだそうである。
足立区内の他の第六天社は胡録神社に変更したのに
ここだけが高木神社になったという。
正面の鳥居は天保14年のものがあったそうだが
倒壊した為、昭和46年に再建された新しいものである。
この脇には神輿殿や神楽殿がある。


大鳥居の脇に戦没者慰霊碑がある。
講和条約が発効し日本が独立を回復した
昭和27年に建立されたもので
戦後に建立された数少ない慰霊碑である


これらを総じて見ると
ここにしか見られない貴重な町の姿が見られる。
本通りから離れてしっとりと落ち着いた姿をを見せている神社だが
その風情を失わないよう守って生きたいものだと思われる。