真養寺
 当寺は国道4号線と南千住駅側から来る 旧奥州街道が合流する交差点の南東にあります。
今では立体化した4号上り線が
本堂の脇をかすめるような感じで続いています。
右の写真は国道4号線に面した正面です。
日蓮宗運千山真養寺とあります。

 この寺院は万治2年(1659)当時材木商で
御用商人・新田請負者として著名だった
吉田勘兵衛が小塚原周辺の新田開発と合わせて
自家の菩提のために建てた
運千山自性院が始まりです。
創建時に2240坪の敷地が
吉田勘兵衛から寄進されたといいます。
菩提をともらった宝塔(寛文11年1671年の銘があります。)が現存するそうです。
本堂・庫裡・鬼子母神堂等が寄進されたそうですが
残っているものはありません。

その後元禄2年(1689)それまで
下谷三枚橋(今の松坂屋上野店の付近)にあった
寛永2年(1625)創建の
広布山真養寺の移転に伴って合寺となり
現在の名前運千山真養寺となりました。

右の写真は現本堂です。コンクリート造のしっかりしたもので
国道4号上り線の上から見えるのは
この屋根の部分です。
南に面した正面には運千山の扁額が掲げられています。
右側に続いている建物は庫裡になります。

多くの災厄を経て天王社との間に広がっていた
苑池も失われ昭和通りの建設によって多くの寺地が収容され
戦災にも会い現在の姿になりました。
周辺は高層化が進んでいますが
まだ低層の住宅街もあり
その混在した中で南側から民家の間をとうして見える
本堂の佇まいはやや趣が感じられました。
典型的な都会の寺院という感じです。