下妻街道その1 千住から利根川まで

今年(平成17年)の春千住から出て下館まで下妻街道を廻ってきました。
この街道の経路の探索は結構困難でしたがまあこんなものかという結果が得られたので
ご報告いたします。

千住5丁目の旧日光街道分岐点を過ぎるとすぐに
接骨医として名高かった名倉医院の本館の前を過ぎます。
この手前分岐点のところの微妙な曲がりがかつて千住堀に架かっていた下妻橋の跡です。
標石はありませんが道を観察すると納得しますよ。
さて文化財にもなっている長屋門から中の非公開の庭園がのぞけます。
そして北進するとそこは荒川土手です。荒川が掘られる前は道はまっすぐ北へ伸びていました。

千住から出発してわずか80mほどで終わってしまっては始まりません。

少し西に回り千住新橋を渡ってまた戻りちょうどその対岸へ出ます。
道はまっすぐ続いています。
五反野の商店街を抜け五反野の駅前を過ぎそのまま四つ家の交差点へ向かいます。
四つ家の六差路を斜め右へ曲がると通称花畑街道へ出ます。
ここからこの街道を北上し内匠橋まで行きそこで綾瀬川を渡ります
渉ったらすぐ綾瀬川東岸の堤防道路へ出てひとえに
八潮市大原(だいはら)を目指します。
千住の次の大原宿2里とされているところがここです。
今は小学校に名が残りバス停などもこの名ですが宿場の面影は当然ありません。
地名も八潮7丁目になってしまいました。

この道は足立区で発行されている古道図に大原道とされているもので
内匠橋を渡って中川堤防のほうへ伸びる道が下妻道とされていますが
そちらの方ではありませんのでご注意ください。

この街道を「いなげや」の手前で右折し次いで左折すると若柳のバス停があります。
この付近がかつて徳川家康公が関が原の役の直前上杉景勝討伐のとき
陣を敷いたところだと伝えられています。

家康が地面に刺していった柳の箸から若芽が吹いたら勝利だといい
関が原の後見事に柳の木になったのでこの地を若柳というという
地名説話があります。
この道はまっすぐ中川土手に当たりますが途中一方通行や廃道になった部分もあるようで
車では通り抜けられません。
中川の堤防に達するとすぐ堤防の下を左折してゆきます。
この道の沿って氷川神社を始めとして幾つかの寺院が立地しており地域的に古さを感じさせます。
この中川に当たる地点はほぼ高速6号線の橋梁の北に当たります。

ここから中川の西岸を遡って行くと鶴が曽根で県道につながります
外環の下をくぐって八条橋のたもとを北上します。
この八潮市八条の地が大原の次の経由地とされています。
また今日でも草加から流山に抜ける県道との交差点でもあり
交通上の重要点であることに変わりありません。
そのまま堤防道路を北上すると草加市柿木地区にいたります。
ここには古さを感じさせる女体神社があります。
右の写真はその本殿です。草加市の文化財に指定されています。
筑波山の女体神社の分社です。
余計な想像はしないで下さいね。
すぐそばにはかつて中川の水運で賑わったという
音店河岸(おとたなかし)の跡などがあり。
この地が下妻街道の跡であると言う草加市の標石も建っています。

右の写真が草加市の標石です。
また街道の説明板も立っています。
どちらも堤防道路より川側に下ってグランドなどのある旧街道の部分です。

このまま川に沿って北上するとまもなく越谷市に入ります。
武蔵野線続いて県道52号バイパスのガードをくぐるとまもなく県道52号(旧道)にあたります。
ここを右折して吉川橋を渡ると吉川市に入ります。
吉川市はかつて二郷半領といわれた所で
その領域は二つの郷と一つの郷とは言えない規模のもうひとつの村で成り立っていたからだそうです。
この地はまた川魚の産地でなかんずくなまずの料理が有名です。
その道で一流の料亭もあり市のシンボルもなまずです。
駅前にはなまずの像もあります。

右下の写真は吉川駅前のなまずの像です。


吉川橋から県道を北上します。このあたりは河川改修が進んでいるのでおそらく
旧道は旧河川に沿って蛇行していたと思われますが今はその面影はありません。
でも弥生橋で中川を渡り古利根川に沿うようになるとこれは旧道です。
松伏の町役場前を抜けて県道19号線に入り野田方面に向かいます。
まもなく江戸川これを野田橋で渡るともう千葉県野田市に入ります。

野田は醤油の街として知られますがこの街道の中継地という意識はないようです。
県道は野田橋を渡って市の北側を迂回し芽吹大橋に向かいます。
この道は昔からあった道ですがその経路は全て今のバイパスです。
旧道は野田橋を東に降りすぐ右へ行く道へ入り次いで左折して旧市街へ入ります。
典型的な地方都市の中心市街地が続いています。
昔規格のアーケードが続きかつての繁盛を偲ばせています。
この道が野田郵便局の前で流山街道(県道17号線)に当たります。
その道へ左折するとすぐ当地の鎮守愛宕神社があります。
鬱蒼として古さを感じさせる社殿が聳えています。
ここを右に曲ると芽吹大橋へ向かう県道3号線になり
すぐ東武の愛宕駅があります。
これを曲らないでそのまま清水公園の東側を抜け
東武鉄道を渡ると日光街道入り口のバス停があります
ここから先の17号は旧日光東往還の道筋となります。旧街道はこの信号を直進したはずですがその道は残っていないので、
17号へ曲って蕃昌のバス停で右折します。
この道が国道16号を越えたところからまた旧街道となります。
県道142号線です。この道に沿ってまっすぐ進み小山の利根川堤に当たります。
ここから渡し舟で対岸の坂東市小山へ渡ったのでしょう。

今の道では芽吹大橋をわたってすぐ左折し県道142号線を坂東市小山まで行くことになります。
ここで日光東往還は柏市南柏の日光街道入り口の信号から分かれて栃木県の雀宮まで行く
日光街道の東側の脇街道のことです。
ぼぼ野田線に沿って北上し山崎宿(東武線梅郷駅付近)を通過し野田市の東側を抜け(今の市役所付近)
国道16号線に乗って蕃昌へ出ます。そのまま北上し中里の宿にで関宿方面へ向かいました。

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