千住神社

千住の町の鎮守としてこの町で最も社格の高い神社です。

創建は平安時代の延長4年(926)開発が一段落した頃入間川(現隅田川)沿いの

現在でも稲荷神社がある当時は下流側から北側に大きく川が入り込んで

まるで岬のようになっていた土地に京都の伏見稲荷を勧請し造営されました。

これが千崎稲荷で当神社の前身です。

その後1051年八幡太郎義家が当社に本陣を置かれた時にはすでに現在地に移っているので

恐らく水災をきらってより高台になる現在地へ移ったものでしょう。

このときの本営になった記念碑が最近建立されました。

千住神社の石標の右側に写っている石碑がそれで

史跡八幡太郎源義家陣営の地

とあります。

その後鎌倉時代の1279年には大宮の氷川神社を勧請し新たに稲荷神社の

北西がわに社殿を造営しました。

これによって古い図を見ると二社の参道が並び手前に稲荷本殿

奥に氷川本殿があったようになっています。

そのため二つ森と呼ばれまた宿の西にあった事から西森とも呼ばれました

明治時代に入ると両社を合併し西森神社となり

大正に入ると千住神社と改称し社格も郷社となり

足立区内最高の格式とされました。

右側の写真が本殿です

その他に神楽殿・神輿蔵・いくつもの末社・そして富士山もあります。

富士山は私が子供の頃は誰でも頂上までいけたのですが

いまはフェンスで守られ特定の日しか登れません。

千住七福神のひとつとして恵比寿様を祭っており

本殿右側に願掛け恵比寿のお堂を新設しました。

ここを鎮守としている街は千住一丁目・二丁目

を始めとして国道4号より西側の大部分の町がそうです。

大神輿は2基あり9月に行われる祭礼は見事なものです。

下の二枚は最近の大祭(平成12)の時のもので左側が大幟と騎馬の神職

右側が千住二丁目の奉納になる二ノ宮神輿の写真です。