佐倉道・成田道・香取道その1都内部分

千住から水郷佐原へ至る道は幹線ではありますが
いろいろな道の複合体です。
佐原道は江戸幕府の脇街道で
水戸佐原道といい千住五丁目から分岐しました。
 当店の前より 旧日光街道を北へ進むといくつもの道が左右に分岐してゆきます。
そして大きな信号のある交差点に行き着きます。
左へ行く大きな太い道が板垣道路です。
かつて王子方面へ結ぶ幹線として企画されたのですが新国道(国道4号線)
の連絡までで工事は終わってしまいました。
右へ行くやや狭い道が旧水戸佐倉道です。
近年その分岐点に石の道標が立てられました。
かつてあった
水戸海道の道標は破損の恐れがあり
現在は
郷土博物館に収蔵されています。(写真)

旧水戸海道は東へ進みJRのガードくぐると
水戸黄門槍掛の松(今はなし、在りし日の写真右側)で有名な清亮寺の前を過ぎ
東武のガードを越えますまもなく正面に荒川の堤防が立ち上がります。
ここが荒川放水路によって街道が分断された場所です。
川を渡るには上流側へ回り千住新橋を渡るか下流側へ回り堀切橋を渡るかです。
一応今回は千住新橋を渡り荒川土手にそって東へ進む平和橋通りに入ります。
JRとTXのガードをすぎ東武の小菅駅前をすぎるとすぐ小菅拘置所です。
その前をやり過ごしてそのまま行くと水戸橋方面の標識が出てきます。
前と同じややせまい道幅の旧水戸海道が現れます。
かつての商店街どおりを直進すると太鼓橋のように高くなった
綾瀬川にかかる水戸橋があります。
近隣の橋が次々架け替えられていく中いまや最古参の橋になってしまいました。
下流側には平和橋通りがまるで高速道路と競うように渡る
大きな新水戸橋が聳えています。

水戸橋をすぎると綾瀬駅へ向かう道との交差点(小菅交番前)を抜け
蓮昌寺の前を過ぎるとかつてこのあたりに間の宿があったそうです。
都道314を渡るとまもなく左へ入るのが旧道です。
旧道の大きな曲がりはこのあたりの区画整理の道と45度で交差するので
複雑な交差点が続きます。
道なりに曲りながら西亀有3丁目に達すると都道467となり
最近整備された広い道に変ります。
かつてイトーヨーカドー亀有店や映画館などの並んでいた
亀有一番の繁華街の面影は拡幅された道にはありません。
環七を渡るとまもなく左側にアリオ亀有が見えてきます。
そして中川橋を渡ると新宿です。

千住の次の宿場町新宿(にいじゅく)は中川橋を渡ってすぐ右折したところから始まります。
今でも古い建物の多い町並みが2回折れ曲がり国道6号線に達します。
この交差点を6号線に沿って行くのが旧水戸海道です。
旧道はまもなく6号線を左へ折れます。
一方このまま6号線を突っ切って行くのが旧佐倉道です。
中川大橋東の信号を渡るとすぐの一方通行出口に入ってすぐ右折し
やや広い道に出たらまた右折します。
これが旧佐倉道です。つまり新宿でこれまでの水戸佐倉道は
水戸方面と佐倉方面に分離します。

新宿からはこの用水路と並んでいた道を南下します。
新金線の踏み切りを渡ると東へ向きを変え
古寺の貫禄のある嵩福寺をすぎると
高砂の中心部を抜けます。京成高砂駅はすぐそばです。
京成金町線の踏切を渡るとすぐにその名の通りの桜(佐倉)道中学校があります。佐倉を並木の桜にかけて校名としたそうです。
そのまま進み柴又街道を渡ると桜並木が続き
かつての用水は親水水路に変り「親水さくらかいどう」として修景された
道が江戸川堤まで続きます。右の写真はその一部です。
並木の左側が旧街道右側が親水水路になっています。
脇の小屋ポンプ所でその正面に説明板があります。
江戸川堤に当たったら堤に上がりそのまま市川橋まで下ります。
ここまでが佐倉道の都内部分です。

次回は市川からはじめます。