西光寺
真覚山菩提院西光寺といいます。

南千住の浄土宗の寺院です
北千住の真言宗の寺院は西光院です。

千住間道と国道4号線の交差点の少し北側の小道を
4号線より東に入って行ったところ
その北側に南面して建っているのがこの寺院です。
江戸名所図会にも菩提院の名で見えます。

右の写真は正面から見た本堂です。
右手に庫裡、付属の幼稚園があります

江戸名所図絵によれば開基は平安時代の長和元年(1012)で
所在地は簔輪新町とされています。

今日の対象図で見ると付近の街道沿いに簔輪新町の飛び地があるのですが
この寺院の所在地は小塚原町に属していたようです。

ところで今日の荒川区の解説では増上寺の賢誉長公(1539天文8年没)による
開創とされ後慶安年間に中興されたとしています
御本尊は源信僧都の手になる阿弥陀如来の4尺の座像と言います。
ということはご本尊が彫られた時を図会は開基の年としたのでしょうか。
16世紀の開創ならその間、御本尊はどこにおられたのでしょうか
やや疑問の残る状況です。

この阿弥陀如来は笹の枝に挿した白団子を供えると霊験あらたかであるということで「笹の団子の如来」と言われています。
次の写真は本堂に掲げられている真覚山の扁額です
銀杏の緑の間に見える扁額はやや崩れた親しみの見える字体でした。





さてこの境内には貞和5年(1349)に鎮座された
金子福寿稲荷が祀られていました。
16世紀の創建なら地元にあった小祠を取り込んだものでしょうか。
戦災にあった後、地元の有志によって昭和32年復元されましたが
その後昭和53年4月に前の道を東に行って最初の角を曲がって
すぐのところへ移転したそうです。
現在その地に金福稲荷神社として小さい社殿があります。
下の写真は現在のお宮の写真です。
民家の間にきれいに収まっています。





西光寺の南に走る道の南側は
江戸時代には小塚原町と中村町の入会地で
その先に小塚原焼場があり
明治の初めまで12ヶ寺の火葬寺がありました。
この件については項を改めます。