金蔵寺

千住2丁目の駅の近くにあるこの寺院は
真言宗豊山派に属し本木の吉祥院の末寺です。
正式には氷川山地蔵院金蔵寺といいます。


右の写真は山門より本堂を望んだものです。
参道の両側に墓地が広がっており
そこから周辺を見れば
ここがビルの谷間にある寺院だという事がすぐ分かります。



開基は建武2年(1335)でこれは本堂に保存されている
一番古い板碑の年代と一致しているそうです。
ご本尊は閻魔大王です。


多くの文化財がありますが
そのどれも江戸時代の悲惨な出来事の
供養のために建てられた物で
二丁目東裏通りの山門といっても楼門ではなく普通の金属製の門扉ですが、
その山門を入るとすぐ左手に供養塔が並んでいます。



手前左側の南無阿弥陀仏を刻んだものが
千住遊女供養塔です。
千住宿の多くの飯盛旅籠に勤め
そこで亡くなった遊女が
当時 「投げ込み寺」 であった
この寺に葬られました。
その薄幸な生涯を哀れみ
供養するため建てられたものです




その右側に無縁塔と彫られた
塔が建っていますが
こちらは天保餓死者供養塔です。
歴史上有名な天保の大飢饉は
千住にも大きな爪あとを残しました。
この塔は当時の名主 永野長右衛門が
天保11年に建立したもので
その碑文によれば天保8年の年
当地では828名の犠牲者が出たのでそれを勝専寺に321人
慈眼寺に61人不動院に76人そしてこの金蔵寺に370人を葬った。
とされています。

このお寺をお参りする方はぜひこれらの方々の供養を忘れないようにお願いします。

この供養塔の反対側には
六地蔵が祀られ更にその奥左側には
近年の製作になる観音菩薩立像が
墓地の奥に建立されています。

ご本尊にはそば閻魔伝説があり
最近は金蔵寺落語会が行われるなど
地域に溶け込んだ寺院として親しまれています。