千住火力発電所


千住にあった多くの工場の中で特筆すべきは東京電力千住火力発電所でした。
この発電所は明治38年(1905)現在の南千住第二中学校の位置に建設されました。
その周辺には今日も南千住変電所や東電寮など東京電力の施設が残っています。
この発電所は日本最初の蒸気タービン発電所として電力史上に輝いています。

右の写真は現存する唯一のこの発電所の雄姿です。
詳しくは東京電力のTEPKO電気の資料館をご覧ください。

さて当時最新式だったこの発電所も20年もたつと急速な技術進歩によって
新しい発電所がほしい状況になって来ました。
その中で企画された新発電所が千住桜木町に建設されました。

これが大正15年に建設された7500KWの発電能力を要する画期的な発電所でした。
隅田川に面して石炭の積み下ろし埠頭を持ちそこにそそりたつ4本の煙突は
西新井や上野からも望見でき千住のシンボルとされました。
この煙突は正方形に近い菱形に配置されていたので見る角度によって
4本から1本まで本数が変化するのでお化け煙突とも言われました。
私が子供の頃常磐線の上野行の電車に乗ると南千住を出るとほぼ
直角に曲がる線路からこの本数の変化を楽しみに窓にかじりついていたものでした。
この発電所についてはいろいろなエピソードや詳しい資料など研究され尽くしているので
ここでは述べません。そちらを参照してください。

右の写真は足立区の資料集「ときめきIN足立」所収のものです。

さて建設した東京電燈は戦時統制で発電所を日本発送電に譲り
第二次大戦が終わると集中排除法によって東京電力が設立され
その所有となりました。戦災にも耐えて戦後の復興を支えてきたこの発電所も
建設以来39年にしてさすがに旧式となり石炭火力発電所の整理の
要請もあり昭和39年ついに取り壊されました。

かつて東京電力の仕事で千住火力発電所20周年の記念品として
4本煙突の発電所を隅田川の対岸から望んだデザインの絵を入れた
日本手ぬぐいをデザインごと請け負ったことがあります。
今回その下絵がないかと探してみたのですが、さすがに20年前の
資料は見つかりませんでした。

その煙突の一部は近くの元宿小学校に保存されています。
また跡地は東京電力足立支社となって最近新社屋が建設されました。

Tepco電気の資料館



千住SIN/千住/お化け煙突


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