慈眼寺

正和3年(1314)に創建されたこの寺院は
千龍山妙智院慈眼寺といいます。
宗派は真義真言宗です。
千住1丁目の南側、問屋場後に立地します。
今の東京芸術センターに沿ったかつての参道の奥に山門が見えます。
戦災を免れたのはこの山門だけだそうです。
千龍山の扁額が引き立っています。
この山門を進むと本堂の横に当たります。
現在の本堂は南に向かっています。
下の写真が現在の本堂です。
戦前までは2丁目赤門寺の閻魔縁日、仲町源長寺の地蔵縁日と並んで
薬師縁日が開催され賑わっていたそうです。
将軍家が鷹狩の時休憩を取る場所として
立ち葵の紋が認められていました。

熊谷堤(現旧区役所前通り)に面する側は
今南門があり隣の消防署と並んでいます。

消防署は文政12年
戒坊更番所として設立された町火消しが起こりで
安政年間には南北千住消防組となり
明治に入っても警視庁の管轄下にありました。

千住町・南千住町が出来た時から
それぞれ千住町消防組・南千住町消防組となりました。

そして昭和7年足立区が発足すると
足立消防署となりました。

昭和22年千住消防署と改名されました。

大正12年4月にそれまでの殉難者を顕彰するため
消防署となりのこの寺院に
南北消防記念碑が建てられました。

右の写真はその記念碑です。
上には両者の纏が彫られています。

その後拡充が行われ現在では多くの石碑が建てられています。

左側の纏は千住町消防組の纏です。
丸い纏の中央に千の字が描かれています。
この碑の左に江戸消防記念会の建てた単独の記念碑があります。

右側の纏は南千住町消防組のものです。
正方形を対角線に立てた形をしています。
中央の穴は丸です。

この寺院は七福神には入っていませんが
千住では重要な寺院の一つです。