千住本氷川神社

 

千住3丁目にあるこの神社は千住七福神の大黒天を祀っています。

千住の町はT・2丁目の鎮守が千住神社3・4・5丁目はそれぞれが別の氷川神社を営み

それぞれの鎮守としました。

中でもこの3丁目の神社は徳治2年(1307)に牛田の西光院の脇に創建された

千葉氏とも縁の深い由緒のある神社でした。

江戸時代に入ると牛田にあった和田の宿は移転せられて千住3丁目となりました。

宿内の有志の寄進によって分社が建てられました。

これが南足立郡誌にいう荒川神社です。

明治43年荒川放水路の建設のため牛田氷川神社はその敷地を失ったのでこの3丁目の分社に合祀されました。

ちなみに旧社地は今日の高速6号道路橋のやや上流、堀切橋のやや下流の川の中に当たります。

その後昭和45年新社殿の完成によって現在の姿となりました。

旧社殿はその重厚な建築によって文化財的価値の高い建物です。

ここに大黒さまが祀られております。

それまで3丁目の氷川さまとして知られてきましたが法人化するに当たって

社名も千住本氷川神社と改めました。

境内にはほかに芭蕉の句碑、千寿七福神の碑、ラジオ体操記念碑などがあります。

参道を入ると春には桜そして初夏には藤が咲き乱れます。

参道の上は藤棚になっています。その左側には碑が立ち並び水屋もあります。

その正面が旧社殿です。

写真は旧社殿です

ここに祀られている大黒天は神社ですからもちろん大国主の尊の事です

仏教の大黒天はかなり怖い神様ですがそれが習合した日本の大黒天は国造りの神

縁結びの神として知られ、昔話「因幡の白兎」の主人公としても知られています。

唐破風の正面、柱、虹梁、などの部分に施された彫刻なども見事で

趣のある社殿になっています。

写真下は新築なった新社殿です。

祭神はもちろん氷川大神ですが社紋は祇園守なので素戔鳴の尊を配しているのでしょう。

この神は大国主の義父に当たる神で京都の祇園の祭神として知られています。

南千住の素戔鳴神社の祭神でもあります。そこでこの神社の神輿は千住で最も荒い担ぎ方で知られています。

旧社殿右に伸びる道が新社殿の参道となります。

社頭の広場はラジオ体操の会場となっており社殿右にその台が見えます。

社殿の左には神輿庫、右には社務所と神楽殿があります。

境内は数少ない緑を残した場所となっております。