千住の花火から足立の花火へ

荒川放水路が完成するとそれを記念して

大正13年(1924)8月13日千住新橋開通記念花火大会が催されました。

これが千住の花火の始まりです。

それ以来恒例の行事となり千住の夏の風物詩となりました。

場所は旧日光街道が川にあたる正面で行われました。

千住新橋と常磐線鉄橋の間

今の虹の広場の付近です。

戦争で昭和14年(1939)を最後に中断しましたが

戦争が終わると早くも昭和24年(1949)には再開されました。

昭和33年(1958)まで続けられました。

写真は昭和29年の撮影で国道4号線のサービス会のアーケードの付近から写しています。
たぶん丸愛の屋上からかと思われます。
「写真で見る足立区40年のあゆみ」より。






狩野川台風、伊勢湾台風で荒れ果て荒川堤防の嵩上げが始まると中止となりました。
高速足立線の工事も終わり
護岸の改修も終わり、橋梁の嵩上げ架け替えも終わったあと
昭和52年(1977)区民納涼大会が復活し翌年そのアトラクションとして花火が打ち上げられ
長い中断の後復活しました。
昭和54年(1979)足立の花火大会第1回が開催され華々しく復活しました。

今度は規模も大きくなり以前の会場では狭すぎるので

千住新橋から西新井橋までの全体を会場にし

大規模に行われました。

墨田の花火の前に行われることもあり毎年50万人の観衆を集め

足立区のメインイベントになっています。

毎年その年の新しい傾向を取り入れたり

リズムに合わせた編成を取ったり

仕掛け花火も毎年のようにきらびやかになって行きます。

この不順な天候の中でも平成15年も台風の隙間に晴天に恵まれ

今年平成16年(2004年)も午前までの雨にもかかわらず午後には晴天となり
第26回大会が実施されました。

写真は2002年のもので
「千住宿商店街ガイドブック2004〜2005」所収のものです