源長寺

千住仲町の南側墨提通りと旧日光街道が交差する角にあるこの寺院は
稲荷山勝林院源長寺といいます。
浄土宗の寺院で慶長15年(1610)の創建で
寿稲荷(天文16年1547鎮座)の跡地に創建された為この山号がついたそうです。
仲町を開発した石出掃部亮吉胤の草創で
開基は伊奈備前守忠次とされています。
本尊は阿弥陀如来です。

創建400年記念事業によって
山門、本堂を始めとして
境内全体が修景されました。
戦災後に建てられたほとんどの建物が
直されたので真新しい風情が漂っています。
右の写真は再建なった山門です。
正面に電柱やアーチの柱があるので
写真になりにくい感じです。

山門手前の地蔵堂は戦災の前まで
千住の名物といわれた地蔵縁日で知られ
縁日には近在からも多くの人が集まり
非常に華やいだものだったそうです。
二番目の写真は現在の地蔵堂です。
山門に向かって右側敷石の先にあります。


江戸時代には13代将軍徳川家定の
鷹狩の時、御膳所として使用されたり
(1848・1850の2回)
日光門跡の日光社参の時(1816)
脇本陣御用を勤めたり
勅使下向の際(1850)の
脇本陣として使われた
格式の高い寺院です。

院号の勝林院は開基の関東総代官だった
伊奈忠次の法名勝林院殿から採り
寺号の源長寺もそれに続く
戒名の一部から採ったものだそうです。
伊奈忠次の墓所は当然伊奈家の菩提寺
鴻巣市の勝願寺にありますが
ここには草創の石出家の墓所が本堂
裏手にあり足立区の文化財に
指定されています。

他に境内には享保年間に教育者として
活躍した多坂梅里の追悼碑
江戸時代後半の俳人
一啓斎路川の句碑などが
あります。


勝林院の名から思い浮かべるのは竹林が風にそよぐ風景です。
新しい境内はその思いに沿って修景されたと見え
下の写真の通り爽やかな境内を演出できました。中央が本堂です。

































左に見える南門の脇に上に述べた追悼碑や句碑があります。
他に数基の庚申塔も文化財に指定されています。
左手奥の墓地の角には千住では珍しい枝垂桜があります。季節にはきれいですが
墓地内なので墨提通りから見たほうが良いでしょう。