長円寺

千住四丁目にあるこの寺院は
新義真言宗で
月松山照光院長円寺といいます。
山門にかかる月松山の扁額は
明治2年(1869)に
当地の寺子屋「群雀堂」の
3代目の当主で教育家として知られた正木健順の筆である。

江戸時代の初め寛永4年(1627)に
出羽湯殿山行者雲海が
この地に庵を結んだのが始めと言われています。
その後賢俊の時代に開山され、16代栄照の時代には特に繁栄したといわれます。
本尊は薬師如来です。

千住七福神では布袋尊を祀ります。
右の写真は本堂です
境内は春の桜、梅桃や秋の彼岸花など見事です。




境内右側の「八十八ヶ所巡り毛彫り石碣」は明治の初めに
建設されたもので他では見られない風景を造っています。
その芸術性も高く評価されています。
右の写真はその一部です
真言宗の四国八十八ヶ所霊場は特に著名ですが
都内でも江戸八十八ヶ所などが定められ
多くの信者の参拝の便を代理してきました。
ここではこの一枚一枚がその各寺院を代行しているのでしょうか?

石碣の反対側にある魚籃観音は隣の氷川神社のかつての本地仏で
明治の廃仏の時に当寺に移されたものです。
下の写真は観音堂です。
そのほかに山門北側に外に向かって「眼やみ地蔵」があり
「め」の絵馬が多く奉納されています。

一番上の写真の
山門左側の屋根が右の観音堂です
その左側のほとんど写っていない
へこみの部分にあるのが地蔵堂で
道に向かって開いています。