千住宿の廃止から千住町の成立まで。

幕末、旧考録の最後の章は29、日光門主用旅館造営(嘉永6年1853)で終わっています。

これは日光門跡の宿での宿泊がかなり重荷になってきて本陣や寺院ではなく専用の宿泊施設を作って

そちらを利用してもらおうという申請に許可が下りたという記事でした。

この専用旅館が作られたかどうかは定かではありません。

翌年が安政元年この6年しか続かなかった時代に日米和親条約が結ばれ安政の大獄が起り

安政江戸大地震が起り、安政が終わった年万延元年(1860)には井伊大老が暗殺されという風雲急を告げる

時代だったので多分旅館は作られなかったでしょう。

この間に千住でも小塚原で吉田松陰を始めとする人々の処刑が行われるなどの出来事がありました。

そして慶応3年1867大政奉還、翌明治元年戊辰戦争始まる。江戸でも上野戦争といわれる彰義隊の乱がありました。

上野の陥落によって逃れた彰義隊の一部(新撰組だと云われます)は

裏山から町屋方面へ抜け千住・綾瀬を通って流山にいたりました。

千住の横山家にはその時の刀傷が残っているといいます。

新撰組の隊長近藤勇もその一人で綾瀬の金子家に宿泊したようです。

かれはその後流山にいたり官軍に降伏しました。

そしてその後まもなく板橋で処刑されました。

右の写真は板橋駅前の近藤勇墓所のものです。

他のサイトから借用しました。宜しければそちらも御覧下さい。

駅を出て左側の林の中にあります。中央に近藤と土方の墓の石標が有り

脇に近藤の小さな石像が立っています。

もちろん土方はここで斬られたのではありません。

函館で戦死したのですが近藤の側に葬りたいという想いがこのような墓になったのです。

幕府が崩壊し新政府になると当然ながら幕府の権威で運用されてきた

宿場制度は崩壊しました。

明治4年1871には問屋場が廃止され新しく駅長が任命されました。

明治5年には宿駅制度は廃止され同時に貫目改所も廃止されました。

輸送の業務はこの年新設された馬車会社に引き継がれました。

旅籠もこの年に大改革を受け遊女は解放され飯盛旅籠は廃止されました。これらの旅籠は改めて貸座敷として営業が認められました。

明治8年には地租改正が行われ土地の売買が承認されました。また年貢は地租と変わっていましたが金納とされ、助郷も廃止されました。

こうして幕末から10年を待たずに宿場制度は完全に消滅しました。

行政組織も大変革を受けました。

それまで武蔵国足立郡・豊島郡千住宿とされ、所領としては天領で関東郡代支配淵江領に属する宿とされてきました。

まず大政奉還によって旧幕府領が新政府領とされると武蔵国に属する天領はすべて武蔵県に属する事になりました。

明治2年武蔵県は南部を品川県、西北部を浦和県、東北部を小菅県と分割されました。

小菅県は当時小菅御殿と呼ばれた元の関東郡代役所(今の小菅刑務所)を県庁としました。

明治4年千住宿は3宿に分割されました。

本宿1〜5丁目は北組とされ今日の仲町から橋戸町までは中組とされ小塚原町中村町は南組とされました

この際東京府は南組の移管を主張しましたが小菅県は「千住宿は一体として行政する必要がある」と断固拒否しました。

しかしその年末、小菅県は廃止され淵江領は東京府に編入されました。

その後大区小区制時代(従来の国郡制ではなく戸籍法によって新たな区を編成してみようとした時代)をへて、

明治11年郡区町村編成法が施行され隅田川を境にして

北組と中組は新設された南足立郡に南組は同じく北豊島郡に所属する事になり千住宿の一体性は行政的に失われる事になりました。

この制度は明治21年に市制町村制が施行されるまで続きました。

新制度はいわゆる明治の大合併で2宿41村だった南足立郡が1町9村に再編成されるというほどの町村合併が行われました。

千住は北組と中組が合併し千住町となりました

南組は周辺の峡田領(はけたりょう)に属した地方橋場村と合併し

下谷区から通新町を吸収し周辺のほかの村と境界を整理して南千住町となりました。

旧南組の市街地は大字千住南となりました。

実際、南組は北豊島地区で唯一の淵江領に属する地域でした。

今日に残る峡田領の古地図を見るとその部分だけが白紙で抜けています(荒川区史参照)。

こうして明治時代の中ごろまでに千住町が成立することとなりました。

右の紋章は千住町の紋章で千が60度の角度で3つ合わさっています。

千住3宿を表したのでしょうか?

この紋章はまだ当社脇の下水道のマンホールのフタに見る事が出来ます。

千住町時代から使われたこのフタはもはや唯一の物となってしまったようです。
この蓋は平成16年8月上旬撤去され東京都の桜の蓋に交換されました。
約70年間ご苦労様でした。

次回から明治の新しい施設を見ていきます。