氷川神社(大川町・5丁目)


鎌倉時代の永仁年間(1293)の創建のこの神社は

荒川の開削以前は今の千住5丁目の旧日光街道北側にありました。
今その地は堤防になっています。旧日光街道が名倉医院の手前で大きく西に曲がって
まもなくのところです。
当然神宮寺は5丁目の安養院でした。


右の写真は現在の本殿の写真です。参道を抜けてくると林の中にある本殿にはやや風格があります。


他に幾つかのもっと小さな神社が河川敷や堤防に指定されたところに散在していました。
それらの神社をまとめて現在の地へ大正時代に移転しました。

現在の本殿は昭和43年に竣工しました。

旧水戸街道から国道4号線を結んだ板垣道路をそのまま直進すると荒川土手に当たります。
現在まで「千葉の灸」の看板を掲げている千葉周作ゆかりの「千住四つ木の灸」の脇を左に入ると
樹木の茂った参道が現れます。

その参道を少し入ると左側に旧千住新橋の親柱が保存されています。
荒川放水路が完成したとき当時の技術の粋を集めた名橋といわれ
長く地元の人々に親しまれた千住新橋を拡幅と嵩上げのために
架け替えることになった時
その親柱をこの神社の中に保存することになったものです。

右の写真は平成17年6月の撮影です。


そのまま行くとすぐ拝殿本殿があります。

その左に富士塚があります。
この富士塚は千住でももはや少ない
公開されている(登っていい)富士塚です。
もともとは今の元町に当たる川田浅間神社にありました。
先に述べた敷地が荒川の河川敷になるため
まとめられた神社のひとつです。
現在地には昭和43年移転竣工いたしました。
もともとは文政7年の創建です。
高さは約3mになります



その左側に西参道があり大正道路に面して開いています。
今ではこちらのほうが正面のような風情がありますがあくまで裏門ですので念のため。


今の所在地は千住大川町ですが、5丁目の鎮守として知られたこの神社の神輿も
五町会連合渡御の時(9月の祭礼の宵宮のとき)には
千住本町の旧日光街道を巡行します。